アンカリングと、調整の不足
Anchoring and insufficient adjustment先に見た数字が、そのあとの判断の出発点(アンカー=錨)になります。 人はそこから動かして考え直すのですが、その動かし方が足りずに、 最初の数字の近くで止まってしまうことがあります。
比較Aで、あなたが最初に読んだのは500円と1,800円でした。 4,980円を評価する前に、私はあなたに錨を渡していたことになります。 「最初に何を見せるか」は、中立な選択ではありません。
Free article — 行動経済学 / B-01
この記事は、説明から始めません。 まず横で(スマートフォンなら下で)、一度だけ判断してもらいます。 そのあと二つの比較対象を置いて、もう一度同じ数字を判断してもらいます。価格は、そのあいだ一円も動きません。
実験は1分ほど。最後まで読んで10分ほど。全文無料です。答えの保存も送信も採点もしません。 これは性格診断でも、あなたを買う気にさせるための仕掛けでもありません。
4,980円。これは、高いですか。
Step 1 に答えると、ここが開きます。先に自分の答えを決めてください。
本の並んだ棚に、置いてみる
あなたは今日、1,200円の本を三冊買いました。棚には500円の文庫と、1,800円のビジネス書が並んでいます。その列の右端に、4,980円のものが一つ置いてあります。
自分でやる場合の横に、置いてみる
同じ用件を人に頼むなら、1時間8,000円の相談を二回。自分で調べるなら、週末を二回つぶして40時間。その横に、4,980円のものが一つ置いてあります。
どちらも、この記事のために作った架空の設定です。実在の相場ではありません。 そして、この二つは第1章が4,980円に見合うことを証明するものではありません。 ここで確かめているのは、あなたの答えが比較対象で動くかどうかだけです。
Step 2 を読むと、ここが開きます。
もう一度うかがいます。4,980円は、高いですか。
二回とも答えると、ここが開きます。
動いたのは、数字ではありません。
差 = 0円
「見えやすい」と書いているのは、そうなる人が多いという意味であって、 あなたに必ず起きるという意味ではありません。この実験は採点ではなく、 正解も不正解もありません。
この実験は、あなたのブラウザの中だけで動いています。答えの保存も、送信も、採点もしません。 ページを閉じれば、何も残りません。
種明かし
一回目も二回目も、お見せしたのは同じ4,980円です。 桁も、通貨も、書き方も同じです。 私が足したのは、その数字の横に置く比較対象だけでした。
価格は、数字だけでは決まらない。比較の中で意味を持つ。
もし答えが動いたなら、動いたのはあなたの中の基準です。 もし動かなかったなら、あなたはすでに自分の基準を持っていた、ということになります。 どちらも正常で、どちらも正解です。 ここから先は、いま起きたことに名前をつけていきます。
この記事は、無料でここから最後まで読めます。 途中で登録を求めることも、続きを有料にすることもありません。
四つの言葉
行動経済学と呼ばれる分野が、同じことをずっと前から書いています。 むずかしい言葉に見えますが、中身はいま体験したとおりです。 四つだけ紹介します。
先に見た数字が、そのあとの判断の出発点(アンカー=錨)になります。 人はそこから動かして考え直すのですが、その動かし方が足りずに、 最初の数字の近くで止まってしまうことがあります。
比較Aで、あなたが最初に読んだのは500円と1,800円でした。 4,980円を評価する前に、私はあなたに錨を渡していたことになります。 「最初に何を見せるか」は、中立な選択ではありません。
人は金額そのものよりも、ある基準からどれだけ離れているかで評価しやすい。 その基準を参照点と呼びます。参照点が動けば、同じ金額が得にも損にも見えます。
さらに、同じ内容でも言い表し方を変えると、選ばれ方が変わることがあります。 「4,980円かかります」と「40時間ぶんを引き受けます」は、同じ取引の別の言い方です。 言い方を選ぶ側にいるのは、いつも売り手のほうです。
頭の中には、財布が何個もあります。食費の財布、交際費の財布、勉強の財布。 同じ4,980円でも、どの財布から出すつもりかで、痛み方がまるで変わります。
比較Bが効いたとしたら、財布が「本を買う財布」から 「自分の時間を買い戻す財布」に移ったからです。 金額は同じで、出どころだけが変わりました。
買い物の満足は、二つに分けて考えられています。 一つは、手に入れたものが自分にとってどれだけの値打ちがあるか。 もう一つは、「これくらいのはず」と思っていた価格(参照価格)と、 実際に払った額との差です。後者を取引効用と呼びます。
ここが厄介なところです。 取引効用は、商品が良くなくても発生します。 「得をした」という感覚は、商品そのものとは別の場所から来ることがある。 だから次の節が必要になります。
四つとも、「そうなりやすい」という傾向の記述であって、 全員に必ず起きる法則ではありません。 どれくらい強く起きるかは、状況によっても、人によっても変わります。 この記事では、効果の大きさを数字で示すことはしません。 元の研究が扱った場面と、あなたの商売の場面は同じではないからです。
研究の出発点
上の四つの言葉は、私が考えたものではありません。 出どころを置いておきます。すべて元の論文か、出版社のページです。 リンク先は英語で、一部は有料の場合があります。
Tversky, A. & Kahneman, D. (1974)
Judgment under Uncertainty: Heuristics and Biases
Science(DOI)
先に見た数字が、そのあとの見積もりの出発点になり、そこからの調整が足りなくなることがある、という報告。アンカリングという言葉の出どころです。
Kahneman, D. & Tversky, A. (1979)
Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk
Econometrica(JSTOR)
評価は絶対の量ではなく、ある基準からの差として行われやすい、という考え方。参照点という言葉をここから借りています。
Tversky, A. & Kahneman, D. (1981)
The Framing of Decisions and the Psychology of Choice
Science(DOI)
同じ内容でも、どう言い表すかで選ばれ方が変わることがある、という報告。フレーミングの出どころです。
Thaler, R. (1985)
Mental Accounting and Consumer Choice
Marketing Science(INFORMS)
買い物の満足を、手に入れたものの値打ちと、思っていた価格との差に分けて考える枠組み。心理会計と取引効用の出どころです。
Thaler, R. (1999)
Journal of Behavioral Decision Making(Wiley)
上の枠組みを、著者自身があとから整理し直した総説。用語の定義を確かめるならこちらが読みやすいです。
私は、これらを方向の話として引いています。 「こういう傾向が報告されている」までが、この記事の主張です。 何パーセント効くという話も、いつでも誰にでも起きるという話もしていません。 実験室で起きたことが、あなたの商品ページでそのまま起きる保証はありません。
売り手としての線引き
比較対象を選べば、同じ価格の見え方を動かせる。 それが分かった以上、使わない、と決めておく使い方を先に書いておきます。 私が自分に禁じているのは、次の五つです。
目的は、本当にある価値を分かりやすくすること。 ない価値を、あるように見せることではありません。
線の引き方は、一つの問いで足ります。買った人が三ヶ月後にこの説明を読み返したとき、私は同じことを言えるか。言えないなら、それは価値の説明ではなく、その場だけの演出です。 比較対象を選ぶのは、嘘をつくためではありません。 相手が正しく比べられるようにするためです。
手を動かす
読んで終わりにすると、明日には消えます。 あなたが売っているもの、あるいはこれから売るものを一つ思い浮かべて、 次の三つを書いてください。三行で足ります。
このページに入力欄はありません。印刷しても、手元のメモに書き写しても構いません。 書いたものはどこにも送られず、私も見ません。 そもそも、受け取る仕組みを持っていません。
この記事は、ここで終わりです
この記事で使った4,980円は、私が売っている第1章『ポジティブを商品にする』の価格と同じ数字です。 わざと同じにしました。 ただし、上の実験は、第1章が4,980円に見合うことを証明しません。 実験が示したのは、あなたの答えが比較対象で動くことがある、それだけです。 そして、この金額が安く見えたとしても、それは中身の値打ちの証明にはなりません。 値打ちがあるかどうかは、あなたが中身を見て決めることです。
そのうえで、この記事の続きに当たるものを一つだけ置いておきます。 第1章は、あなた自身の経験を「誰に、何を、いくらで、どこで届けるか」の 9項目に落とし、一枚の商品設計書にするための実践章です。 読み物ではなく、2〜3時間かけて書く章です。
その章が約束しないことは、三つです。
約束するのは一つだけで、 「最後まで書けば、「何を売ればいいか分からない」という状態からは出ている。」というところまでです。 向いていない人のことも、第1章のページに書いてあります。 先にそちらを読んでから決めてください。